都市殺し P・E・モスコウィッツ
都市殺し――ジェントリフィケーション・不平等・抵抗 | P. E. モスコウィッツ, 丸山雄生, 宮田伊知郎 |本 | 通販 | Amazon
都市のあるべき姿について考えさせられる本でした。
本著では、自然災害(ハリケーンカトリーナ)を契機にニューオーリンズがどう変わったか。同じく、車業界が衰退したデトロイトは。テック起業が乱立したサンフランシスコは。著者の地元のニューヨークは。どうしてこんなに変わってしまったのか。
市民目線に立って、都市の移り変わりを分析しています。
本著ではジェイン・ジェイコブズの言葉が何回も引用されています。
そう。本著は大規模開発を行うデベロッパーを都市コミュニティの破壊者(ジェントリフィケーションを推進する者)として糾弾する内容です。
本著は4都市での分析を行っていますが、大きくとらえると2つの都市問題を提起しています。
一点目はジェントリフィケーション(都市コミュニティと資本主義)。
二点目は都心と郊外。
まずジェントリフィケーションから。
著者曰く、デベロッパーが狙うのは『都心』にあって、『利便性は良い』のに、『賃料が安い』エリア。
どういったエリアかと言えば、『古い』『低層雑居ビルエリア』『低所得者が肩を寄せ合って暮らしている』そういった場所をデベロッパーは狙い撃ちにする。(米国事例なので、エリアの特性として、人種やLGBTQなどのゾーニングという都市の暗い問題が多く綴られています)
そういったエリアは賃料が安いので、物件価格も当初は安い。安いうちに周辺物件を買い集めていって、人気のエリア(米国事例なので、『白人向け』と記載されています)に仕立てれば利益率が最も高い事業となる。
低所得者が肩を寄せ合って暮らしているエリアは、金銭のやり取り(資本主義でのサービス)で足りない部分を、コミュニティの支えあい(お互いの能力、労力、時間の提供)で補っているエリアです。
GDPで評価されるような『お金のやり取り』は小規模ですが、人間社会で評価されるような『隣人を知っている』『人を信頼できる』『困ったときに相談できる相手が近くにいる』といった項目は高いポイントを叩き出せるエリア。となります。
一方で、視点を変えて行政の立場に立つと、『低所得のため所得税が取れないエリア』『評価額が低いので固定資産税を取れないエリア』『公共サービスに頼る人が多いエリア』となります。
行政からすれば、税収よりも税の再配分(公共サービスの提供)の方が多い、『赤字エリア』になります。
そういったデベロッパーが買い始めたエリアに『ジェントリファイアーの先鋒』としてまず登場する(デベロッパーが誘致する)のが『イケてるカフェ』『オーナーシェフのレストラン』などだそうです。
カフェには金融・証券・士業・コンサルティングファーム等に代表される、高所得ホワイトワーカーの若手が集まるようになる。これが『ジェントリファイアーの次鋒』。
そしてお金を落とす高所得者(ジェントリファイアーのアーリーマジョリティ)の密度が高くなると、さらにBARなどの出店が増え、最終的に低所得者層が追い出されて、ホワイトワーカー向けのアコモデーションに再開発される。とのこと。
以前の家賃の3倍も4倍も高い価格帯で新しい物件はスタートすることになる。デベロッパーは大儲け。
しかし、著者から『ジェントリフィケーション』としてまとめられているこういった社会構造の全てが『悪』なのか。
都市の構造として築古になった施設は安く提供され、そこにコミュニティの濃い人間社会が構築される。そして、構造の限界、災害等への脆弱性が行き過ぎると新築への建替えが推進され、新しい用途(その時代に、その場所で必要とされる最有効用途)で新たな物件が都市に提供される。
これは都市の新陳代謝ともいえる。
コミュニティ(住民)側から見るか、資本主義(不動産屋)側から見るか、都市建築技術者(木密・耐震性・構造耐用年数)側からみるか、それによって見え方も違う。
ただし、もう一つの視点から見た場合が難しい。著者の一番の問題認識。
行政の側。
行政は、税収を収入源にコミュニティを守り、応援する立場です。
行政には、自分たちの行政区内に企業や高所得者を誘致し、税収を増やす『営業』という立場もあります。
さらに行政には、『木密解消』など、災害予防措置を推進し、街の安心安全を高める責務もあります。
行政は、『コミュニティ側(行政支出)』『資本主義側(誘致営業)』『都市建築技術者側(投資・維持更新)』すべての視点で活動しています。
その中で、以前は『コミュニティ側(行政支出)』の側面を大事に、地域コミュニティを支える側の立場が強かったが、近年、コミュニティ側を支える活動を『赤字原因』『支出超過の悪玉』的に見なすようになり、税収増をめざす『資本主義側(誘致営業)』に偏りすぎているのではないか。
著者の指摘はまさにこの点にあります。
著者からすれば、『資本主義側(誘致営業)』に必死な、『大阪』『福岡』『札幌』などのイケイケ行政は『悪』で、市民目線で開発から都市を守ろうとする現状維持派の行政は『正義』です。
そら、六本木ヒルズとか、麻布台ヒルズとか、『ジェントリフィケーションの権化』みたいな再開発ですものね・・・。行政側にも対策が身につく?
さあ、ここから次の話題に進みます。
都心と郊外。
この話題は、先ほどの1つ目の話の延長戦になります。
都心でジェントリフィケーションが起きたとしても、都心の他のエリアで低所得者層を受け止められるような老朽化エリアがあれば、人が都心の中で玉突き的に移動しているだけ。
『都市の更新』という観点からすれば、「それは仕方がないんじゃない?」と整理したくなります。
しかし、そこにはもう一つの重い問題。『都心』と『郊外』がある。
アメリカでは第二次世界大戦前後まで、都心(ニューヨークでいえばマンハッタン島やブルックリン)にも多くの工場があり、工場近くに労働者が住んでいたとのこと。
当然、住環境としては悪く、政府は手っ取り早く住宅開発できる郊外に多くの戸建てを建てさせ、そこが『楽園』であるかのように宣伝し、若者に郊外の住宅を買わせた(つまり投資させた)。
都心まで車で片道1時間。交通渋滞に重なれば1時間半、2時間は当たり前のエリア。
それでも専業主婦を前提とした家族構成であれば何とか成立した。
住環境の悪い都心は、労働者を中心とした低所得者層が住み、郊外は高所得のホワイトワーカーが住む。
アメリカではこういった都市構造が1960~1970年代に形成されていった。
原因は違えど、どこか日本と似ていませんか???
著者はジェイン・ジェイコブズの一説を引用していますが、都心であれば、何らかの職があり、お金の回転があり、路上で活動していれば生きるために必要な資金には巡り合えます。
なぜかといえば、毎朝郊外から高所得者がやってきて、日中から夜間にかけて生産活動と消費活動を都心で行い、そして郊外に戻っていくから。
都心に住む低所得者は、住環境は悪いけれども身を寄せ合って、コミュニティのつながりを強く持ち、日々の金銭を稼ぐ手段を路上に持って、みんなで暮らしていけた。
高所得者が移動(通勤費を負担)し、低所得者が都心に居住し移動しない。
この構造が大事だった。
1980~1990年代に入ると、都心から工場などの生産設備が撤退し、住環境が回復し始めた。
都心は、『第二次産業混在型』から、『完全なる第三次産業』へとシフトした。
ここから、一つ目の都市問題『ジェントリフィケーション』が火を噴く。
都心の方が便利なのは間違いない。移動時間が必要ないのだから。『生産活動の中心地』と『消費活動の中心地』がすぐ足元に広がるのだから。
朝ギリギリまで寝ていられる。夜遅くまで飲んで騒いでもタクシーですぐ帰れる。
都心の工場跡地や工場労働者住宅跡地、低所得者層が身を寄せ合って暮らすエリア、それらが次々に再開発され、そこに郊外で生まれ育った若きジェントリファイアー達がなだれ込んだ。
工場労働者や低所得者層は、都心で暮らせるエリアを次々に失い、空き家だらけとなる郊外住宅地への転居を斡旋された。
郊外では、家と家が低層に低密度で設計されているため、都心の高層住宅街のような人の密度はなく、コミュニティの厚みが出ない。
また、虫食い状に斡旋されるため、郊外住宅街の既存住民(かつてはホワイトワーカーだった高齢者)との軋轢も生まれやすい。
そして、なによりも郊外の路上には稼ぐ手段がない。(みんな車で移動)
さらに悪いことには、かつて所得を得ていた都心に行くために、交通費を払わないといけない。
郊外に追い出された低所得者層は、きわめて困難な暮らしを余儀なくされる。
かつて閑静だった郊外の住宅街は荒れ、ホワイトワーカー層は郊外を逃げ出し、都心に回帰する。
この流れを都心の行政は推進(誘致営業に邁進)し、コミュニティを支える側の行政の役割を放棄している。
と、著者は糾弾しています。
日本では、都心回帰の課題は大崎や品川、晴海や豊洲などに代表される、「旧工場跡地」の「タワーマンション化」の方が中心で、そもそも格差をそこまで大きく作ってこなかったため、都心が空洞化したところにマンションをつくって都心回帰を促した。という側面が強いと思います。
そこはアメリカとは少し違う。
とはいえ、麻布台ヒルズの以前の姿、町内会活動を知る私からすれば、あの空間から追い出された人々はまさにジェントリフィケーションの被害者。
我々デベロッパーは、数多くの街のステークホルダーを抱え、100点満点は不可能ですが、及第点はもらえる開発を求められています。
『インバウンド』、『ラグジュアリー』そういった『ジェントリファイアー』たちをどれだけ呼び寄せられるかでデベロッパーとしての利益率が決まってくる。これは紛れもない事実で、著者の指摘の通りですが、その利益と、『これって近隣住民の何割が利用できるようなサービスになっているんだっけ?』という社会的責任のバランスは失ってはならない。
デベロッパーへの忠告本として大変良質な本だと思いました。
非常に面白かったです。
以上
doubleincome-triplekids.hatenablog.com
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