今週、大手自動車メーカーの技術フォーラムに出席してきました。
私が興味を持っていたのは都市に実装する自動運転車がいつ頃商用化されそうか。
だったのですが、話を聞いているうちに、そもそも日本の車メーカーは自動運転の未来をめざしていなさそうだな。と感じるようになりました。
ハンドルなんて要らない世界を「当たり前」ととらえています。
一方で、日本の車メーカーは車は人間の意思で、人間の行きたい方向、人間の体験したいスピードで動かし、人間が責任を持ち、自動運転技術は人間のサポートをするシステムとすることをめざしているようでした。
あたかも本人が運転をしている気持ちになり、本人の満足度、達成感はあるのだが、要所要所では気付かぬうちに自動運転技術がサポートに入り、事故を大幅に減らすことができる世界。
自動運転技術もサポート機能だけなので、そこまでAIの電力(マシンパワー)を使わなくて良い世界。
マッチョな、何でもできる、電力食いまくりのテスラの世界観なんて面白くない!
そう言わんばかりでした。
モビリティーを家電としてとらえ、目的(空間を移動させ、人間やものを運ぶこと)を達成する事がミッションと考えているテスラやBYD。
モビリティーは自己実現のための人体拡張であるととらえている日本の自動車メーカー。
10年後の世界はどちらの思想が世界を席巻しているか。