前回、「その5」ではスマートシティ政策者が迷い込む迷宮について記載しました。
doubleincome-triplekids.hatenablog.com
スマートシティを構築しようと頑張っているメンバーは、本当に苦労している。何が市民の役に立つか、一生懸命考えている。
どうやれば、市民の生活の利便性が高められるか。待ち時間などを減らせるか。
それでも、市民の強い潜在需要は見いだせていません。今のところ・・・。
ここで少しだけ、なぜ考案者の集団に偏りがあると、本当の街の課題に行きつかないかを紹介したいと思います。
スマートシティを考えている人たちの発想は「時間がない」をベースにしています。
現在就労している組織の中でエース級の位置づけを得ていて、スマートシティを作るというワクワクする仕事にアサインされて、予算も国や自治体からたっぷりついて・・・。
とにかく『成果を出す』『自分を磨く』『交友関係を広げる』『家族と過ごす』いろいろなタスクを自分のスケジュールの中に押し込んでいる状況です。
この人たちから出てくる発想は「効率的」「時短」な街を作っていくということです。
街が効率的になり、空き時間が出来れば、それだけ自己実現に使える時間が増えるからです。まだまだやりたいことはたくさんある人たちで、スケジュールが空けば入れたい予定のウェイティングリストはたっぷりあります。
例えば街の重要な機能、病院を例に挙げて説明します。
この「時間がない」人たちの発想に立てば、病院の効率化を考えると、
①市民の日々のバイタルデータを収集し、病院に通う必要があるかAI分析させて、実際に病院に行くべき時にアラームを出す。
(通院の必要のない患者を減らし、他方で通院をためらって重篤化する人を減らし、初期治療で病状の悪化防止、病院の負担を軽減する)
②街のすべての病院をアプリから予約できるようにして、あと何分で受診できるかをリアルタイムで表示し、待合室での待ち時間(混雑)を減らす。
③病院のカルテとお薬手帳をマイナンバーに紐づけてデジタル化し、各病院、各薬局で同じことを患者が説明せずとも、医師、薬剤師側が患者の履歴を事前把握できるようにする。
④処方された薬は薬局から自宅に直接届き、薬剤師からの説明はWEBで。
(薬局の待合は、内科、耳鼻科、眼科、皮膚科、様々な症状の人が集まっており、本来、待ち時間の長い空間にするべきではない)
などを考えてしまいます。
しかし、私の知っている街の本当のユーザーは違うニーズを持っています。
街の病院の待合室は高齢者の方々の井戸端会議の場であったりもします。
「このごろ○○さん、来ないね。どこか悪いところがあるのかしら?」
という話を待合室で聞いたことがあります。
おいおい。ここは病院だぞ・・・。と思いながらも、そういうニーズがあるということも街の本当の姿なのです。
高齢者が和んで話を出来る場所。自分の日々の悩みの相談に真剣にのってくれる人。この2つの要素が重なっているのが、街の病院だった。という訳です。
本来の病院の使い方としては良くないのですが、排除するわけにもいかない大切な街の機能です。
もし病院からこれらの高齢者を追い出すとすれば、街にはそのニーズを受け止められるだけの場所を他に用意する必要があります。
一人の人間としてしっかり目を見て話を聞いてくれる人がいて、一対一で相談に応じてくれる時間が確保されている。話を途中で遮ったりはしない。さらに待合室には同じような境遇の人たちが多数いて、料金が安い(病院に通うと保険適用で料金が安く済むため病院に行く)。
このニーズを満たせる場所がない限り、みんな病院に集まってしまう。
余談ですが、昔はこのニーズを宗教がカバーしていました。日本ではお寺さんなど、ヨーロッパでは地元の教会。いまでは街からその機能、そのコミュニティがなくなってしまいました。
さあ、エグゼクティブなエリート市民が考えた、例の病院の効率化アプリ。
日本の人口動態は高齢者が3割。医療費支出の4割は高齢者です。
(2019年のデータでは、日本の医療費総支出は約43兆円、65歳以上の割合は39%)
今後高齢者の利用はさらに増えます。2040年ごろには高齢者は日本の人口の4割を占めるようになります。
高齢者のニーズを理解できていないこの病院アプリ・・・ものすごく時間と労力をかけてつくられたとして、どこまで利用されるでしょうかね・・・。
エグゼクティブが作り上げた病院アプリは、「効率化」「時短」を目的としています。
高齢者の病院ニーズのひとつには「コミュニケーションの時間と空間」にあったりします。
時短は求められていなかったりします・・・。
なお、このような病院アプリを立ち上げようとすると、スマートシティを進める行政担当者は、
①街の各病院と各薬局への説明、理解を得て、同意を取り付ける作業に追われ、
②一方でシステム業者との極めて困難なアプリ立上げの会議が連発します。
そして、システム構築の目途が立つと
③市民に対して個人情報を連携させることの説明会を何度も開き、同意を得ていく必要があります。
本当に大変な作業なんです。たぶん、この熱い栗を拾いたい行政マンは誰もいないのではないかと・・・。
ということで、病院アプリは一つの事例にすぎないのですが、偏った価値観の集団だけが考える最適な街の運営は、街の本当のニーズを見落とすよ。という例として紹介しました。
繰り返されてきた惨事がまさにこれです。
この頃、そうした失敗が重なり、スマートシティ構築をめざすエグゼクティブたちは「まずは都市のデータを取得して、市民の潜在ニーズを見える化してみよう」という発想に切り替わってきています。
都市のデータを取得して、市民の潜在ニーズを見える化する。つまりどこが混んでいるとか、どこに人の消費行動が集まっている、どこに市民の不満感情が多い、逆にこの街の魅力はどのあたりで多く発信されて、などなど。
人流データ、公共交通機関の乗車人数データ、位置情報×購買情報、位置情報×ツイート情報、いろんな手段で都市を見える化できます。
この取り組みのより、定量的に見えてきた市民の潜在ニーズを解決出来る都市アプリを作れば、市民はこぞってダウンロードして使ってくれるはず・・・。
この発想にまでたどり着いています。
じゃあ、どうやってその市民のデータを取得するのか。
潜在ニーズを分析するには、街の利用者の行動履歴を行政のデータプラットフォームなどに集めていく必要があります。
はて?誰が自分の行動履歴や購買履歴を行政のデータプラットフォームに提供してくれるのか。
市民の潜在ニーズを分析するという目標は、一般市民の日常生活のデータを、どこまで、どうやって取得できるかという問題に遡っていきます。
結局、ここでも立ちはだかるのが個人情報の提供に関する市民への同意取り付け作業です。
非常に高い壁となります。そもそもどんな結果が出るかもわからない状況で、「貴方のデータだけ提供してください」という大変ご都合の良いお願いになります。
リターン(データを使ったサービス展開)を何もコミットせずに、データだけくれというのは市民からの理解を得るのが非常に厳しい。
ああ、鶏か卵か・・・みたいなことになってしまいます。
市民の同意を得るためには、どんなサービスをフィードバック出来るかの説明が必要。だけれども、どんなサービスを提供すると市民が利用してくれるのか潜在需要が見えていないのでうまく説明できない。だから潜在需要を探るために市民からのデータ提供が必要。そのためには市民の事前同意を得る必要がある・・・。
くるくる回って出口がありません。
次回、どこから始めるとスマートシティづくりは動き出すか。これをご説明いたします。
以上