先日の日経新聞記事に『日本人の子育て中の父親は、母親の1/5未満しか家事育児を行っていない』という特集がありました。
ネット上でもう少しデータがそろっているサイトを見つけました。
なぜ、日本の家庭の家事育児は母親に偏るのでしょう・・・。
例えば、我が家の一日の流れで言えば、
朝ご飯を作る、子供を起こす、朝ご飯を食べさせる、学校や育成室、保育園などの連絡帳を書く、小学生を送り出す、保育園に送りに行く。
この辺の朝の流れが約2時間。
夕方、保育園に迎えに行く、夕飯を作る、夕飯を食べさせる、宿題を見る、お風呂に入れる、寝かせつけをする。
この辺りの夜の流れが約4時間。
平日は合計6時間。
土日はというと、子供が起きてから寝るまで、約14時間。
もし、父親が家事育児をパートナーの1/5未満しかしていないとすれば、平日は約1時間。土日は約2時間しか家庭の周りにいないと言ことになります。
それ以外の時間、何をしているのでしょう・・・。
個人的には、そもそも「家事育児の時間」という呼び方にやや違和感を持っています。
子供たちが朝「おなか減ったぁ・・・」と言って起きてきて、たわいもない話をしながら朝ご飯を出して、ドタバタしながら小学校へ送り出す。
夕方、保育園に迎えに行って、小学生が帰って来て、夕飯を食べながら一日の出来事をおしゃべりして、寝る前に2歳児に絵本を読んであげて、一緒に寝る。
それが楽しい時間なのに、その楽しさを味合わずに父親はどこに・・・。
仕事が大変。というのはあると思います。
私も妻も、子供たちが寝ている間にリモートワークをしています。
私の残業時間は今月も50時間ほどになりそうです。
決して激務という訳ではありませんが、楽なわけでもありません。
しかし、例えば福岡への日帰り出張の時などに早朝の羽田空港で感じるのが「朝ごはんちゃんと食べているかな」とか、「一人でコンビニご飯食べてもカロリー摂取のためだけだな・・・」という寂しさだけです。
人間はそれが「あたりまえ」になってしまうと、その空間の中に楽しさを見出し、逆に言えば「その状況に依存する心理」を勝手に作り出すものです。
「家事育児の時間」という括りは、よく日経新聞が書くように「無償労働時間」というキーワードに繋がりがちです。
私にとっては「余暇」ではないですが「楽しみ」に近い、達成感のある労働サービスです。
父親が「家事育児はいやいややる無償労働」という発想から抜け出して「家族と一緒に居ることが楽しい」という観点で家庭内に携われるようになると、父親と母親のバランスももう少し公平になってくるように思うのですが・・・。
以上