ダブルインカム トリプルキッズ blog

夫婦共働きの子育てを実践しながら、パパ育児の苦労と楽しさをご紹介します。

17.第一子の新生児時期

 第一子の新生児時期。いろいろなことがありました。なにせ初めてのことばかりですので、課題が山積でした。

 

 自分自身の反省ですが、仕事量を減らせませんでした。妻の産前休暇中はともかくとして、出産後もほとんど終電帰りの日々でした。

 

 当時は大学院を出てから、入社6年目。独身時代、DINKS時代に続けていた仕事のスタイルを変えることができず、『家には義母が来てくれているからいいや』と安心していたところもあり、残業ばかりの毎日でした。繁忙期には土日も出社していました。

 

 第一子が生まれた年度は、2月~3月を育児休職したにもかかわらず、10か月で600時間近い残業になっていました。たぶん年度末の2ヶ月間をそのまま働いていたら、年間800時間近い残業時間になっていたのではないかと思います。

 

 6月に第一子が生まれたのにもかかわらずこの残業量ですから、いくら夜の3時間子守り交代を行ったところで、妻の怒りは増すばかり。

 

 何をしても泣き止まない新生児への対応方法など、悩みを聞いてほしいのにずっと家にいない、相談できない、たまに話すと仕事の話ばかりされる、そういった私に対する妻の怒りがよく爆発しました。

 

 育児に悩む妻から『自分の子供がまったくかわいいと思えない!』と打ち明けられた時には、『いよいよどうしたものか・・・』と考え込みました。

 

 

 

 加えて当時は、部署の総務担当だったこともあり、納涼会や忘年会、歓迎会に送別会、取締役の接待同行、等々、残業が多いにもかかわらず、事あるごとに飲み会に参加しており、さらに2次会、3次会についつい行ってしまうので、なおさら火に油を注ぎました。

 

 『いつも残業で遅くなるくせに、飲み会だけはきちんと行けるんだね?』という妻のきつい指摘に対して、『仕事だから仕方ないだろ!』という、今ではたぶん言わないだろう言葉で返していました。この言葉で、さらに妻の怒りを買います。

 

 この残業を減らせない、仕事のリズムを変えられない、という問題は、私が育児休職に入るまで続き、仕事に復帰する頃にはなんとか解決の糸口が見えました。

 

 どういった心境の変化が起きたかについては、次回以降で詳しく書きますが、とにかく妻が出社してから帰宅するまで、育児休職中の私はずっと孤独でした。

 

 誰でもいいから話し相手になってほしかった。育児の苦労を聞いてほしかった。

 

 仕事は、成果や自己成長など実感できるので、実は知的好奇心を強く刺激していて、とても楽しいことなのだ、ということが嫌というほど分かりました。新生児・乳児育児は成果らしい成果が出ず、自分の成長も見られず、ややもすると体力的にも知識的にも後退する自分を見ることになるので、辛くて辛くてたまりませんでした。そして孤独でした。

 

 妻が早く帰ってきてくれないかなぁ。と、夕方6時以降はたびたび時計を見ながら思っていました。夕飯の支度や、洗濯や、子供の世話は自分一人でもなんとかなる(これが第二子の時になるとまた違うのですが・・・)のですが、とにかく今日一日の出来事や悩みなどを話せる相手が帰ってきてほしかった。誰とも日本語を話せず、『あー』『だー』『ギャー(泣き声)』といった宇宙語の乳児しか相手にできない日中10時間の孤独から早く解放されたくてたまりませんでした。

 

 初めて体験する苦労(第一子の育児)は、夫婦で分かち合い、特に夫は妻の悩みをひたすら興味を持って自分事として聞いてあげる必要があります。

 

 その重要性を自分自身で育児休職中に痛いほど実感したので、休職明けの共働き体制に戻ってからは残業を極力減らして、平日も妻と話す時間を確保するようになりました。翌年度の残業時間は、会社としての残業削減の運動も重なり、360時間以内に収まりました。(800時間近い残業のスタイルから大きな前進!)

 

 

 

 乳児育児の孤独を体験することは、何ものにも代替できない新たな価値観の芽生えを促します。通常は母親だけにこの変化が生まれ、時として父親との価値観の溝を作ることに繋がっていくのだと思います。

 

 男性の育児休職がもっと広まってくれると、家庭円満に繋がるのではないかと思うのですが、どうでしょうかねぇ。

 

以上